「貴生さんに言いつけるよ?」

そう囁いてみたが、目を覚ます様子は全くなかった。
光馬の乗り換え駅まであと二つ。変わらず俺の肩にもたれて、小さな寝息を立てている。

今年の「海桐戦」は桐峰が会場校で、
片道一時間も電車に乗って、大会当日のコートで練習をしてきた。

昨年度、決勝で敗れた雪辱戦となるバスケットは、
光馬を中心に、少し心配なくらいの熱の入れようだった。
俺は、テニスコートで軽く打ち合いをして帰るつもりだったけれど、
体育館のバスケ組の様子を目にして、光馬を待つことにした。

上りの電車は空いている時間だった。

座席にすわると、光馬は海桐戦当日のことや篠崎さんからの課題についてしばらく話していたが、
急に静かになったので隣を見ると、意識を失っていた。

左肩に、光馬の息遣いを感じる。

あの人しか知らないはずの、光馬の体の重みと体温が伝わる。

今、光馬の隣にいるのは自分で、貴生さんではないことに、
少しのやましさとわずかな優越感を覚えた。

でも、最初からわかってる。光馬は――――――

「…わっ!ゴメン、おれ、寄りかかってた!?いつ寝ちゃったんだ?」
「良かった、起きてくれて。次だよ」
「え!?あ、ほんとだっ」

光馬は慌てて鞄を掛け直し、立ち上がって首を左右に振った。

「あ、かなりスッキリしたかも。ありがとな、真紀!」

そう言って軽く右手を挙げると、足早にドアに向かった。

――――今、光馬の右肩に残る俺の体温に、光馬は気付きもしないだろう。

走り出した電車の窓から、ホームを歩く光馬が見えた。
こちらに気がついて、子供みたいに手を振る光馬に、俺は思わず噴き出してしまった。

Fin.