Merry Christmas to Santa Claus

 
 
「ありがとう、サンタのお兄さん!」

満面の笑みでケーキの箱を受け取った男の子は、本物のサンタクロースに何をお願いしたんだろう。
イブの夜にケーキを買い求める人たちは誰も幸せそうで、この赤い衣装への抵抗感も少し和らぐ。


―――――静流は、今頃どうしてるかな



「24日は、立花教授の家でパーティーなんだ」
まるでバイトの予定でも話すかのような口調でそう告げられたのは、 16日の夜だった。

医学部の立花教授は静流の母方の叔父にあたる人で、老齢の母親と(つまり静流の祖母と)広い邸宅に二人で暮らしている。独身で子供のいない彼は、静流がこちらの大学を受けることを強く望んだそうだ。

「綜馬も一緒にどう?」
「―――いえ、俺は」

親戚や教え子が集まる席に自分は場違いだろうし、何より、静流の口から「高校の後輩」とか「ルームメイト」と紹介されなければならないことが、気が重かったのだ。
それを察してか、静流は無理に誘いはしなかった。


去年の年末は一緒に早めに帰省して、連日、クリスマス会かクラス会かわからないような集まりに、それぞれあるいは二人でに参加して、24日の夜は結局、自宅で光馬とケーキのデコレーションを手伝っていた。

だから、今年は静流と二人で過ごす初めてのクリスマスイブになるはずだった。


特にイブの夜に計画があったわけではない。
ただなんとなく、一緒に過ごすものだと思い込んでいた。


ひとり留守番かと思っていたけれど、たまたま通りかかった小さな洋菓子店で“急募”の貼り紙を目にして、俺はイブの夜をケーキを売って過ごすことにした。


店先に出したテーブルで予約品を引き渡し、当日販売分がなくなったら仕事は終了。
順調に売れていったが、6時を過ぎたころから急に客が少なくなって、残り3つがなかなか捌けない。


今朝、先に家を出る俺に静流は
「やっぱりサンタの格好をするの?」と楽しそうに尋ねてきた。
そしていつものように、「気を付けて」と頬を寄せて見送ってくれた。


たぶん静流にとって「クリスマス」は、二人の間で大切にする日ではないのだろう。

5月の俺の誕生日には、「誰よりも先に、僕が綜馬におめでとうを言うんだ」と、ベッドで日付が変わるのを待って、言葉の後に唇を重ねた―――そういう特別な日とは違うのだろう。



仕事帰りのサラリーマンらしき男性が、続けてふたり、急いだ様子でケーキを買って去って行った。
誰か、待っている人がいるのだろうか。
そして、最後の一つがテーブルの上に残った。


「それ、もらえる?」
ケーキを見ていた俺は、その声にハッとして顔を上げた。

「―――静流」

ドレスシャツにネクタイという服装に、コートを羽織って、静流が目の前に立っていた。
「パーティーは…?」
「ちゃんと顔出してきたよ。結局、立花教授は緊急オペで帰ってこれなくて会ってないんだ。
 おばあ様の方は、小さくてかわいい従兄弟たちに任せてきたから大丈夫。
 ―――はい、これ」
静流はケーキの代金をテーブルに置いた。そして一歩下がって
「何を着ても似合うね」
と笑った。褒め言葉と取っておくことにする。

「これ、どうするんですか?」
たった今売れた最後のケーキの箱を手渡す。

すると静流は、静かに微笑んでそのまま僕の方に返した。

「Merry Christmas」
「え?」
「ごめん、何のプレゼントも用意してないんだ」


それは俺も同じだった。
ずっと考えていたものがあったけど、望まれていない気がして、買うのをやめてしまったから―――。


「僕はね、クリスマスって、わりとどうでもいい方なんだ。集まって食事したり、子供にプレゼントをあげたりするのは悪くないけど、べつに、僕にとっても君にとっても、特に意味のある日じゃないから」
「…そんな感じなのかな、って思ってました」
見かけによらずこういう人なのだ。

「でも、さっき気付いた」
「?」
ケーキの箱を手にしたまま、俺は静流の言葉の続きを待った。

「クリスマスは、1年のうちで君と過ごせる特別な夜を、1日増やしてくれる。」

これを利用しない手はないみたいな顔をして、静流は楽しそうに笑った。

一緒に過ごしたい人がいることが、イブの夜の意味を変える―――

「できれば今すぐ君を持ち帰りたいんだけど…―――あとで一緒に食べよう」
そう言って静流は、俺の手からケーキの箱を取り戻して、イブの夜の街に紛れた。


時計は8時を回っていた。
急いでサンタの衣装を脱いで、特別な夜を愛しい人と過ごそう―――

Fin.